ものがたり

「小室かな料紙工房」 小室 久さん

小室かな料紙工房

茨城県常陸太田市里美地区の南部、大菅町にある“小室かな科紙工房”。ここは書道のかな文字を書くための紙である “かな科紙(かなりょうし)”をつくる工房です。全国的にも数が少ないというかな料紙の工房を営むのは、創業した祖父の小室徳さんから数えて3代目となる小室久さん。

高校までは地元の里美で過ごし、その後東京の専門学校で書道を学んだ久さん。学校を卒業してから数年は東京で数年過ごし、23歳のときに里美に戻りました。子どものころから、祖父や父親の働く姿を見ていたこともあり、当初から実家の工房を継ぐつもりでいたといいます。

実家に戻った久さんは工房で数年間修行の日々をおくりましたが、26歳から29歳まで再び里美を離れ、東京でまったく違う仕事をしていたのだそうです。

小室かな料紙工房

「その3年間は、東京ではいろんな仕事をしました。額縁店で働いたり、3ヵ月間トラックを乗っていたこともあります。24時間3交代で稼働している工場でも働いたこともあるんですよ」。このときに働いた仕事はどれも楽しく、本当に貴重な経験をさせてもらったと当時のことを懐かしそうに話してくれた久さん。

その後、29歳で再び里美に戻り、2代目の父・義久さんの仕事を間近で見ながら、貴重な技術を学びました。無口でやさしい、職人気質な父親だったといいます。

小室かな料紙工房

取材に訪れてまず案内してくれた工房の作業スペース。広さは30畳ほどあり、現在2階のスペースは久さんが、1階は息子の太郎さんが使用しているといいます。久さんがいつも愛用している作業机は、書道の専門学校を卒業してから通っていた伝統木版画の摺師の先生から譲り受けた、想い入れのあるものだと教えてくれました。

小室かな料紙工房

工房にある仕事道具はどれも整然と並べられていて、一つひとつの配置にも仕事に向き合う細やかな姿勢を感じました。

「作業に使う材料が多いので、いつも分かりやすくしておいたほうがやりやすいんです。元々あまり片付けは得意ではないので、気をつけないとすぐ散らかってしまうんですよね(笑)」。

小室かな料紙工房

工房に入り最初に見せてくれたのは、伝統的な製法でつくられた膠(にかわ)。牛の皮に含まれるゼラチン質が原料で、固い棒のような手触りの膠は、現在は製造されていないため、在庫であるだけという貴重なもの。伝統的な製法でつくられた膠は工業的につくられたものより不純物が多いので、独特の粘りと柔らかさが出るといいます。熱で溶かして、接着剤代わりに使用します。

小室かな料紙工房

熱を加えて溶かしたあとの膠は傷むのが早いため、冷蔵庫に入れて保存します。作業で使うときだけ、冷蔵庫から取り出して使用するといいます。

「膠は温度や湿度に大きな影響を受けるため、季節によって効き方が違うんです。冬の寒いときは効きがいいんですけど、暖かい時期は逆に多めに使わないと効きが悪い。その加減を間違えると加工した絵の具や金銀の箔が剥がれ落ちてしまうことになるんです。膠の加減が強すぎても墨の乗りが悪くなるのでバランスがとても大切なんですよ」。

「それと、一見単調に見える毎日の作業ですけど、つくっているときって加減とかを常に気にしていなければならないんです。常に加減が変わる可能性があるから、いつも集中していなければならない。同じペースで継続するって結構難しいんです。たとえば、ひとつ絵の具を合わせてかき混ぜてないと分離する可能性がある。ハケに絵の具を付けるのでも、たっぷり入っているときと少なくなってしまったときでは、同じハケの動きをしていたら絶対同じにはならないんです。だからそのあたりのことを気にしていると、傍から見ているよりはそんなに単調な作業ではないんです。実は考えながらやっていないと、一日の流れで同じペースで作業が進まないんです」。

小室かな料紙工房

かな料紙に書くかな文字は日本独自のもので、発達したのは平安時代の後半(11~12世紀)。この時代は、それまでの漢字が和様のかな文字に変化する時代で、それが出来上がった時代でした。

この時代に残されたのが、古今和歌集、和漢朗詠集、万葉集などを書写した、“古筆”と呼ばれる古典。この美しいかな文字が書かれた古典に“かな料紙”と呼ばれる装飾された和紙が使われていました。

久さんは、これらの当時の“古筆”に使われている装飾された和紙をお手本にしながら、 “かな料紙”をつくり、東京にある書道用品専門店や個人のお客さんに直接販売をしています。

小室かな料紙工房

かな料紙には、染紙、唐紙、箔装飾紙、継紙など、大きく分けて4つの伝統的な加工方法があります。どれも、古筆に使われているかな料紙がもとになっているといいます。まず1つ目が染料に紙を漬けて染める “染紙”。単一色ですが和紙ならではの良さがよく分かるものです。古筆では、“関戸本古今集”や“曼殊院古今集”などに使われています。

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古色にするために使われる茶色の染は、楢(なら)の木の皮を窯に入れて煮出したもの。ほかにも、黄色に染めるために黄蘗(きはだ)を用いたもの、赤色に染めるために蘇芳
(すおう)を用いたものがあり、染料はどれも植物由来のものを使用しています。

嫁いでから50年、この窯の管理と染を担当しているのは、久さんの母親である春江さん。定期的に竈に薪をくべながら、微妙な火加減を調整しています。窯の管理は、一日中火加減を調整しなければならないため、夏場は特に大変な仕事なのだといいます。

小室かな料紙工房

釜で煮出して取り出した染料がこちら。このあと何度も濾して細かいゴミなどを取り除きます。その後、染料を張ったバットに紙を漬けて染め、最終的にS字の金具で吊り下げて室内で乾燥させます。そして、そのあとドーサ引きなどの作業があります。

小室かな料紙工房

2つ目は、平安時代に唐の国から輸入されたという “唐紙”。この紙は美しい独特の模様が特徴で、平安時代以降だんだんと日本でもつくられるようになったものです。一つひとつ丹念に版木を作り、和紙に摺っていきます。古筆では、“寸松庵色紙”や“巻子本古今集”などに使われています。

小室かな料紙工房

こちらが“唐紙”をつくる際に欠かせない版木。これは“菊唐草”と呼ばれるている文様で、ほかにも魚波文様、苺唐草、唐子唐草、花襷(はなだすき)、鳳凰唐草など様々な文様の版木があります。版木の原料は、全体が固くて粘りのある“山桜の木”。最近では、無垢の材料だけでなく、山桜材の合板も出ているのだそう。胡粉を引いた紙を乗せ、バレンで摺ります。

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3つ目は、金や銀の箔を使って装飾する“箔装飾紙”。古筆では、“源氏物語絵巻”や“元永本古今集”に使われています。金や銀の箔が非常に鮮やかで、高級感のある紙に仕上がります。まず、箔を竹の刀を使ってマス目状に切り、切った箔を竹の筒に入れておきます。そして、紙に膠とフノリを薄く解いた液を刷毛で塗り、液が乾かないうちに、箔を撒いて装飾するという、繊細で華やかなかな料紙です。

小室かな料紙工房

見た目に華やかで美しい金の箔。このほかに銀の箔があり、これらを和紙に散りばめて装飾することによって、唐紙や染紙とは違った平安時代ならではのきらびやかさを表現することができます。

小室かな料紙工房

4つ目は、いくつかの紙を様々な形に切ったり破ったりして、再び張り合わせた“継紙”。古筆では、“西本願寺本三十六人家集”が特に有名です。

紙の加工をするときに、紙の端以外、表面は触らないように気をつけているという久さん。触らない理由は紙は手の脂を一番嫌うからなのだそうです。ただし、例外としてこの“継紙”の作業はどうしても触らないとできないため、こまめに手をふいたり洗うことを心掛けているのだといいます。

小室かな料紙工房

“継紙”はこの型紙に合わせて、紙を破ったようにかたどりしていきます。そして、糊を使って1枚1枚丁寧に紙を張っていき、その貼る組み合わせを敢えて変えることで、美しい色彩を表現していきます。

小室かな料紙工房

この部分に使われているのは計5枚の紙を使用して表現する重ね継ぎと呼ばれる技術。少しだけ紙をずらしながらその幅を見せることで独特の曲線を表現することができ、色彩の鮮やかな紙に仕上げることができます。

小室かな料紙工房

「かな料紙は、基本的に字を書くための紙なので墨がきちんとのる、書けるということが大前提なんです」。どんなに美しい紙をつくるときでも、 “きちんと文字が書ける”ということをいつも心に留めているという久さん。

「私たちの仕事は、紙をお客さんに納めて終わりではないんです。納めた先の自分の知らないところで、何か問題が起きているということが常にあるわけです。これは怖いことだと思います。だから、大事なのは仕事に対して常に手を抜かないってことですね。当然のことですけど、まあいいやといって手を抜くと、必ず自分に返ってくると思っています」。

小室かな料紙工房

取材の最後にかな料紙づくりのやりがいを伺うと…。

「やっぱりお客さん喜んでくれたときに、あぁ、やっててよかったなって思います。仕事が休みの日は銀座とか六本木とかお客さんの展覧会の案内をいただいてよく見に行くんですけど、直接お会いしたときに感想を言ってくださるのは特に嬉しいですね」。

窯の管理と染を担当する母親の春江さんと久さんの間に立つのは、2015年の10月まで愛媛県西予市野村町で養蚕、糸紡ぎ、機織、染色を学んでいた息子の太郎さん。現在は里美の工房に戻り、父親の久さんに仕事を教わりながら4代目として修行の日々をおくっています。体力づくりのために、親子で一緒に空手道場にも通っているのだとか。

最近では、ホームページからも見学や技術体験の問い合わせがあるという小室かな料紙工房。工房の体験は随時受け付けているそうなので、ご興味ある方は是非お電話にてお問い合せください。ご家族で協力しながら営む素敵な工房です。

 

■小室かな科紙工房
住所:茨城県常陸太田市大菅町211-2
TEL:0294-82-2451
FAX:0294-82-2461
URL:http://kanaryoshi.com/
Facebook:https://www.facebook.com/kanaryoushi/

2016年11月11日 金曜日

里美でつくる人